パナマホテルとの出会い

シアトルのインターナショナル・ディストリクトにあるワシントン州で唯一の国宝パナマホテル

私が最初にパナマホテルに来たのは、

シアトルで知り合った尊敬する友人れいなさんに連れて来てもらったのが最初

(れいなさんはこのブログに度々登場します。)

「読書とか仕事するのにすごくいい場所があるんだよ~

落ち着いていてゆっくりできる歴史あるホテルのカフェなの」

と紹介されて、足を踏み入れてみると、

オーナー選りすぐりの

選りすぐり、これポイント…これが後々何を意味するかわかります…)

紅茶、お菓子、そしてアンティークの家具が

センス良く揃っている落ち着いた雰囲気のカフェでした

そして実はこのホテル、日系人にとってすこし悲しい歴史を秘めた場所

1910年に日本人建築家によって建てられたホテルで、

このあたりは、真珠湾攻撃までは日本町とよばれていて、

最盛期には8500人の日本人と日系人が住んでいたそうです。

1900年代初頭には日本人が経営するホテルが52件あったそうで、

現在はわずかしか残っていません。

真珠湾攻撃のあった数か月後には、

敵国の血が流れている日本人と日系人は収容所に送還されました。

当時収容された人のうち2/3はアメリカ国籍の日系人でした。

なかには、アメリカ軍として志願し戦った人も少なくありませんでした。

その際に収容所に持ち込みが許された荷物は手で持っていける分のみ。

つまり一人につきスーツケース2個。

そこで収容所に持ち込めない荷物を当時のホテルのオーナーに

保管するよう頼み、地下にたくさんの荷物が残されました。

戦後、日本に戻る家族も多く、

引き取りに来なかった方の荷物が今も 地下に残されています。

このスーツケースも地下に残された荷物の一つです。

このホテルが持つ歴史的なストーリーや

現オーナーが建設当時の建材を綺麗に保存しているため、

2015年にはアメリカ国宝に認定されました。

(アメリカ国宝は全米に60件しかなく、 パナマホテルはワシントン州唯一の国宝なのです。)

ちなみにシアトルは西海岸のワシントン州にあって、ホワイトハウスのあるワシントンD.C.とは別物
引用www.tt.em-net.ne.jp

その歴史についてお話を伺ううちに、

ホテルに惹かれて、

(中学高校の歴史では赤点ギリギリだった)歴史好きの血が騒ぎ、

まさに恋に落ちたような感覚になりました

このときはまだここが自分のインターン先になるとは思ってもいなかったのです…

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