シアトルにも富士山あるの知ってた?(知ってると1.5倍楽しくシアトル廻れるとっておきの情報)

ここは、ニューキャッスルというゴルフ場。一般公開してると思い込んであやちゃんと散歩に行ったら「ここは公園じゃない」って追い出されちゃった☆夏の夜9時近くの景色

シアトルといえば!「レジェンド・イチロー」

それ以外には結構日本でも有名な企業の発祥地でもある。

アマゾン、マイクロソフト、スタバ、ボーイング(今は シカゴ が本社)、コストコ、エクスペディアなどなど、

結構シアトルって意外とみじかね。

しかもシアトルでも富士山見られるのね!

マウント・レーニア(レーニア山)そう!あのコンビニで売ってるマウント・レーニアはワシントン州のシンボルの山です。
シアトルはカフェが盛んな場所。引用:usgs.gov

アメリカで旅行といえば、ニューヨークとか、LA、サンフランシスコ、ハワイ、グランドキャニオンとかフロリダのディズニーとか

みんなそっちに流れてしまうけど、

シアトルも住むには負けないくらいいいところ!←

有名な観光名所「パイク・プレイスマーケット」。この市場を始めたはアメリカ人じゃなくて実は日本人たち(とイタリア人たち)

シアトルのプロフィールを退屈しないように書いてみますねん。

ヨーロッパからきたイギリス人とかフランス人、スペイン人などなど、

自分の国で居場所を失ったり、新天地を求めてきた白人が

ニューヨーク州のある東海岸から さらに西へ西へと開拓して

1570年頃シアトルとかLAのある西海岸にやってきたのが最初。

(だから西海岸の人たちは、東海岸で生活してたけど馴染めなかったはみ出し者たちが起源だと勝手に思っている。)

それから長い間イギリスとスペインが

「ここの土地、俺んとこだからな」っていう領土権争いがあったそうな。

1846年に「んじゃ仲良くしようぜ」ってことでこの2国間の争い終了。

「ちょっとまてよ、土地広すぎて統治できねーよ(=゚ω゚)」

ってなってコントロールしやすいように分割してシアトルのある

ワシントン・テリトリー誕生。

(この時代の日本といったら、開国プリーズって言ってきた外国船を追っ払ってた)

1851年に、もともとネイティブ・アメリカン(以下:NA)が住んでいた場所のシアトルに、

はみ出し者とか開拓者が到着。

シアトルの名前の由来になっているNAの首長:シアルスさんが、

このはみ出し者たちを歓迎して、どんどん町ができていきました。

(春のソメイヨシノなど桜の名所でも有名なワイントン大学の敷地はNAの墓地だったそうな…)

そんな感じで、地名にNAの言葉が残っていたり

(例:シアトル、プヤラップ、ドゥワミッシュ、スノーコルミーなど)

とNAの文化もちょいちょい感じられる場所にもなっています

本格的に街ができて数十年後の

1889年、シアトルで大火事が発生!!(゜゜)

ノリ(海苔じゃないね)のケースかなんかが出火元で、今なら余裕で鎮火できるけど、

当時木造建築ばっかりで、

勢いよくどんどん燃えちゃいました( ;∀;)嗚呼

「また次火事あったら、まーた建物燃えちゃうじゃ~ん」ということに気づいて、

それからレンガ造りにして街再建。

それが今のパイオニア・スクエア(というところ)。


パイオニア・スクエア はシアトル発祥の地。引用:http://www.seattleandsound.com/pioneer-square/

日本人がシアトルのあるワシントン州に最初に来たのは、1880年代、

開国してから20年ちょっと。

1890年代後半から中国人の代わりに日本人が鉄道敷いたり、

木を切ったりする仕事に雇われ始め、

シアトルは西海岸で二番目に大きい日本人街がある場所にまで成長。(昔ね)

それもあって、超有名な観光地のパイクプレイスマーケットも

日本人(とイタリア人)によって作られたりとちょいちょい

日本人の存在が大きくなっていくのでした。

(あ、 ちなみに、シアトルは全米で二番目に公立学校での日本語教育が盛んな州(一位はハワイ州) だからといって日本語が通じるわけではない)

中心地のパイオニア・スクエア付近に

ジャパン・タウン(日本人ゲットー)が形成されて

(ゲットー:マイノリティの密集居住区)

賑わっていたのも束の間、

1942年12月の真珠湾攻撃を機に太平洋戦争勃発。

翌年の3月には、西海岸に住むすべての日本人が

日本人は敵国民&西海岸は日本から近いからスパイ行為を警戒され、

アメリカの砂漠地帯に建てた強制収容所に送られました。

しかし戦時中アメリカにいたすべての日本人が収容所に送られたわけではないです。

アメリカの中央エリアに住む海から距離のあるところに住んでいた日本人は

収容所生活を送っていません。

当時収容所に送られた日本人のうち2/3はアメリカ生まれの日系人(二世)

二世にとって日本は、親の祖国ではあるけど、

見たことも行ったこともない外国で、

外見こそは日本人だけど、アメリカでアメリカの教育を英語で受けてきたアメリカ人。

にも関わらず、祖国アメリカから「敵国民」と指をさされ、

家や車など財産は没収されてしまいます。

収容所へ持っていける荷物は両手分だけ=スーツケース1人につき2個まで。

そこで登場するのが私のインターン先のパナマ・ホテル!

当時のオーナーのホリさんに、収容所へ持っていけない荷物を

ホテルの地下に保存してもらえないかと多くの日本人が訪れ、

ホリさん快諾。(ホリさんも収容所に送られる…)

戦後、収容所からシアトルに戻る人もいれば、

そのまま日本へ帰国する人も沢山いて、

そのまま取りに戻らなかった人たちの荷物が

今もパナマ・ホテルの地下に保管されています。

そういう歴史がシアトルにはあるんですな…

このストーリーと、全米で唯一無傷で日本式の銭湯が

パナマホテルに保存されていることもあって、

私のインターン先は2015年にアメリカ国宝に認定!

2016年からパナマホテル売り出し中なので、

ご購入検討される方はご一報。

パナマホテルを購入したあかつきには、

超強烈キャラのミス・ジャンももれなくついてきます( *´艸`)キャー

このホテルが題材の小説「あの日パナマホテルで」(アメリカではベストセラー)の

ミュージカル化、映画化決定してまーす!

買うなら、今でしょ!←古い?

ということで今日はこの辺で

ちゃおちゃ~お♡

2件のコメント

  1. charliehikkiさん
    楽しく拝見させて頂いています。これからも応援しますので、面白ストーリー更新お願いします。

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    • ありがとうございます^ ^面白い話はたくさんあるので笑、それをどうご紹介するか、そこが悩みどころです!!
      でも頑張ります!

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